朝の散歩のとき
眺めている山で
事故がありました。

自分の意見だけ書きます。
ズレていても。

耳障りだなと思うのは、

「山登りなんかするからだよ。」

その言葉って、
本人の意思を尊重した
ご両親など理解者も苦しめる。
そうでなくても
なぜ止めなかったんだって
ずっと後悔して生きていくのに。

失った後の結果論は
遺族が苦しみを味わい、
周りはそっと学んだらいい。
直後に口にしなくても。

私は山登りをするよ。
今日帰れないかもしれないからと
出掛ける時は、誰が家に入っても
恥ずかしくないよう
洗濯機に下着を残さないとか
細心の注意を払う。
大袈裟なくらいでちょうどいいと
思うの、山は。
自然が相手だと
人間の力じゃ敵わないことが多い。

慣れと同じだけ
慣れてはいけないがある。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

事故の話に戻します。
会社の上をヘリが飛んでいきました。
近くの公園はヘリポートでした。
救急車がいることに
ほっとしたんです。
でもその救急車の使い道が
何だったのか、そこを考えると
また苦しかったりもします。

そして間接的ですが近い方が
今、苦しい時間を
過ごしています。
大切なものを亡くすってそうです。
なんで自分じゃないんだろう
としか思えません。


今日のことは「予測できた、防げた」はず。
私の山の師匠なら、
自分以外の誰かを連れて行くことは
中止したはず。
そんな気がするから、
その判断には後悔が残る。

情報は思うように伝わりません。
もどかしい1日でした。



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