うちの母親のように
突然心臓の血管が破裂して
手の施しようもなく
亡くなった

というような突発的な病気、
病名を知るのは後

というのは違って、

うちの夫は、
健康診断で異常が見つかり、
元気だったけど、
投薬以外の治療に入る前の段階だったけど、

健康診断から約1か月後には
亡くなってしまった。

再検査に通いながらも
仕事はしていたし、
私もパートに出ていた。
子供たちも通常通り、
学校に通っていたし、
亡くなった当日はテニスの試合にも
出ていた。

病名がわかったこと以外、
どこを見ても
ごく普通の日常が存在し、
入院してからも
夫は元気だった。
会社のことで頭いっぱい。
ラーメンが食べたかっただけ。
あいのりのつづきが気になっていただけ。
もちろん子供には
会いたかったでしょうけど。

突然、倒れて、逝ってしまった。

これって、闘病の入口に立っただけで、
覚悟、決意そのはじまりの段階で
希望を失ってしまった出来事。

長くブログを書いているが、
直接病名に触れられないのは、
誰かの絶望になってほしくないから
という個人的な考え。

その後も私は、
病気のことを常に調べている。
以前はなかった薬が
治療法が(ここは変化なし)
進化していくことを
見守っている。

闘病記は参考になる。
元気に退院できたら、
経過とともに
誰かに安心を与えたかった。

希望でいっぱいのブログを
書けたらなー。


応援は私たち家族に向けられ、
本当に涙が出ちゃうほど
うれしいことだったんだけど、

この苦しみよりも
理不尽な病で
わずか31年で人生の幕を
下ろさなければならなかった夫の
悔しさ、せつなさは
計り知れない。

私には夫のつらさがわからない。

夫は東日本大震災も知らない。
ナナコカードも知らない。
スマホも知らない。

息子がにぶと取引のあった
会社の社員になったこと。
おぴちゃんが東京で大学生してること。
そして春から社会人になること。
私が単身赴任して働いていること。
猫ちゃんを飼ってること。

知らないの?昔の人だねー
って言っちゃうよ。


これは性質というか
私もほげもおぴ子も
似ていて、

「勝手にイメージする
暗く沈んだその後の家族」

というものとは正反対で、
それぞれ悲しみを心の奥に
隠していたのかもしれないけど、

けっこう笑いながら
その後も生活してた。

おいしいね
おもしろいね
たのしいね

そういう普通をいっぱい。
反抗期あり、受験ネタ、部活ネタ、
多くを占める私のあれこれ。

何を目指してきたかって、
ごく普通であること

今まで通りのノリで
生きていけること

それだけだったんだ。

あなたの代わりに
子供を立派にさせますわ!とか
ほんとにそんな思いはなくて、
夫がいた時と変わらない未来があって、
いつか誰かと幸せになってほしいな
ってそれくらい。

おかげでね、
私の低い目標設定を
子供たちは叶えてくれて、
社会人になってゆく。
そして愉快なひとに育ってくれた。

自分と近い人が
次々に亡くなってしまって、
心細いとか不安とか
そんなこと言ってても
しかたないから
目の前にあることを
ただやってきた毎日。

こういう風にまとめたかった
わけじゃないんだけど、
ひとりで山登りに来てた女性の
「本番」を体験している気持ち。

自分で困難を乗り越えて、
目標を達成すること。

私の目標は、
自分自身のことじゃなくて、
あくまでも子供を一人前にする
ってところまで。
どこを「一人前」の基準にするか。
まず成人。
そして大学卒業。
私もなんだかんだ親業やっていたいのか
次は結婚なのでしょうけど、
そればかりは、必ずすると
決まってるものでもないし、
そうなったらたのしそう
ってことだけ。
減るばかりではなく、
家族が増えていくことは
うれしいことなんだろうな。


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